あけおめ

あけましておめでとうございます。

2日ごとに2~3アクセスされてるみたいだけど、よくこんなブログに来る人がいるもんだ。やる気ないもんな。

年末年始、実家に帰省したけど退屈すぎて。

YouTuberが福袋を開ける動画をザッピングして暇を潰そうとしたら、秒で疲れた。

 

 

2018年、仕事に忙殺された思い出が多くを占めるものの、学生時代より充実感があるのはなぜだろう。

たぶん実家を出て自由な時間を手に入れたのと、忙しさを代償に遊ぶ金を手に入れているから、好きなように生きている実感があるからだと思う。

それでもふとした時にわずかずつ老いを感じる瞬間がある。

若いうちをダラダラと過ごしてしまった分、まだ若さの名残があるうちに有意義な"無駄な時間"をエンジョイして悔いのないように生きようと思う。

老いってカラダの問題じゃなくて、生きてるうちに背負わなくちゃいけなくなる責任やら社会性のことだと思うから。

休みの雨

200時間以上はたらいた先月に比べ、ひととき、からだが空いたので代休をとった。

よく眠ったけれど、起きるとひどく頭痛がした。窓の外を見たら豪雨が降っていた。疲労と猛烈な気圧の変化が祟ったのかもしれない。

よくわからないアフラックの電話とかに出ながら、洗濯機を回した。風呂場のミズ、空から降ってくるミズ、放置したペットボトルの底に少量、溜まっているミズ、、、湿度は俺をいつもの倦怠へと沈みこませた。

こういう日は何もできない、いや、何もしないに限る。

積ん読にしていた本を、ほんの数ページ、だらだらと読んで閉じたり、YouTubeを眺めたり。何ひとつ集中できないまま、そういう日があっても良いと開き直る。

イヤホンを会社に忘れてきたから、ヒップホップすることもできない。

 

そうそう、ディスクユニオンに持って行ったら、混みすぎてて当日査定ができなかったCDの買取をもらってきた。20枚売ってだいだい9,000円くらいになった。悪くない額に見えるが、逆に中学時代から数えて今までどれくらいの金をこのプラスチックの円盤に費やしてきたのかと思うと、笑えてくるので思わない。

これからの人生、なるべくアーカイブは作らないようにしようと思う。本でも、CDでも、あるいは服もそうかもしれない。

必要ないものが部屋の空間を占めているのは、無駄とか言う前に新しいものを妨げるのだ。一人暮らしで広くない部屋に住んでいると、そう思えてくる。

文章で何を書くかということが、何を書かないのかを意味するのと同じように、部屋の中に何かを置く時、そこに置かれるかもしれなかった何かが潰えていく(実際そんなこといちいち考えちゃいられないが)。領土のほうが俺の頭に線を引いてくる。

買い物は楽しいけど、続けていくには同じスパンで何か手放していかなくちゃならないみたいだ。

冬までに加湿器を買いたいから、すかすかの寒い部屋にしておかなくちゃいけないんだ。

夜になっても躍りまくれ

https://youtu.be/akDL_fAzlTo

 

ひとには体力とは別のハツラツさを保つ源があるはずだ。

MPと呼ばれることもあるけど、私はシャーマンキングを読んでからそれを巫力と呼ぶことにした。

雑誌をビショビショに濡らしながら入浴している時や、うとうとと眠気をごまかしながら電話している夜や、掃除したばかりの部屋で焚くお香の香りや、無駄に早く目覚めた朝に吸う起き抜けの煙草などがそれにあたる。

 

涼しさが街に降りてくるころ、名残惜しくもある夏の浮かれ気分をよそに、気分は別ベクトルに上向いてくる。

ジャズで言うところの“ブルー”や一種のcoolness。

冷たいエレクトロニックなピアノの音色が似合う季節がやってくる。

アンニュイさのなかで温めあうことの喜びや、虫や植物が隠れていく仮定で際立つ、自分という1本の樹の太さ具合が、同じ暮らしを繰り返しているだけのはずなのにハッキリと意識を明るくさせる。

季節の変わり目はたしかに未来を連想させる。

新しいことをしたくなってくる。

 

頭皮から髪へと浸透する天然のトリートメントは、睡眠中に分泌されるらしい。

生まれたときから寝付きが悪かった。

暗闇のなかで何も考えない。ということができない。

別に大層なことを考えるわけじゃない。

快楽ともネガティブともほど遠い他愛もない妄想が、いろんな影になって動き始める。

さいころ妖怪の行軍を思い描きながら眠りについたら妖怪の夢を見たことがあった。

その日によって、夢に手招きする影が交代するわけだ。

ほんとうは瞼の裏でなく、隣に案内人がいてほしいのかもしれない。

 

さいきんはしょーもないYouTuberをスマホで流しながら、けだるい眠りに落ちている。

だらだらと退屈で、徹底的に無関心なおしゃべりほど眠りに誘うものはない。

それを知ったのは幼少のころ見たNHKの教育番組だったのだ。