夜になっても躍りまくれ

https://youtu.be/akDL_fAzlTo

 

ひとには体力とは別のハツラツさを保つ源があるはずだ。

MPと呼ばれることもあるけど、私はシャーマンキングを読んでからそれを巫力と呼ぶことにした。

雑誌をビショビショに濡らしながら入浴している時や、うとうとと眠気をごまかしながら電話している夜や、掃除したばかりの部屋で焚くお香の香りや、無駄に早く目覚めた朝に吸う起き抜けの煙草などがそれにあたる。

 

涼しさが街に降りてくるころ、名残惜しくもある夏の浮かれ気分をよそに、気分は別ベクトルに上向いてくる。

ジャズで言うところの“ブルー”や一種のcoolness。

冷たいエレクトロニックなピアノの音色が似合う季節がやってくる。

アンニュイさのなかで温めあうことの喜びや、虫や植物が隠れていく仮定で際立つ、自分という1本の樹の太さ具合が、同じ暮らしを繰り返しているだけのはずなのにハッキリと意識を明るくさせる。

季節の変わり目はたしかに未来を連想させる。

新しいことをしたくなってくる。

 

頭皮から髪へと浸透する天然のトリートメントは、睡眠中に分泌されるらしい。

生まれたときから寝付きが悪かった。

暗闇のなかで何も考えない。ということができない。

別に大層なことを考えるわけじゃない。

快楽ともネガティブともほど遠い他愛もない妄想が、いろんな影になって動き始める。

さいころ妖怪の行軍を思い描きながら眠りについたら妖怪の夢を見たことがあった。

その日によって、夢に手招きする影が交代するわけだ。

ほんとうは瞼の裏でなく、隣に案内人がいてほしいのかもしれない。

 

さいきんはしょーもないYouTuberをスマホで流しながら、けだるい眠りに落ちている。

だらだらと退屈で、徹底的に無関心なおしゃべりほど眠りに誘うものはない。

それを知ったのは幼少のころ見たNHKの教育番組だったのだ。