長く長く伸びていった1日の終わりに

長くなったので音楽でも聴きながらどうぞ


PARA Trio @ PRHYTHM PYRAMID MUSIC FESTIVAL 2017.08.11

 

 

早起きはいいな。動いてれば眠気は忘れるし、一通り遊んだ後でもたっぷり日が残っているから。

3、4ヶ月前に仕事で降りた駅に、降りた瞬間から「ここに住みたい」と思うようになった。何がそんなに心を掴んだのか、まったく言葉にできないけれど、直感的に惹かれるものがあった。

休みが取れて、本腰を入れてその街を歩いてみようと思い、隣駅に住んでいる人にgood spotを案内してもらった。高台にある神社から川と河川敷を眺め、そこを横断する電車の音がセミの声とともにうすーく響き渡るアンビエントの中で、遮るものなく広がる青空を見た。

......今住んでる街は基本的に3階建て以上の商ビルか高層マンションが連立していて、空も道路も、一言でいえば余白に欠ける。はじめはゴミゴミした喧騒に都会らしさを感じて気に入っていたここも、あの高台から見下ろした静かなサウンドスケープに比べたら、なんとも飽きやすい環境に思えてきた。

で、それが朝8時前くらいのことだ。思いっきり照りつける太陽が誤算ではあったけれど、知らない街を歩くテンションは下がるはずもなく、川沿いの遊歩道の樹木も優しく影を落として散歩の味方をしてくれた。

昼過ぎくらいになるまで、近場のモーニングをやっている喫茶店や、さいきん欲しいと思っていたコーヒードリップの道具を売ってそうな店に案内してもらった。

google mapを頭脳メモリの一部に使っているその人は、気まぐれでノープランな俺の関心に沿いつつも、要所で間違いない店をガイドしてくれた。ゴキゲンなスポットや店をいろいろ知っていることは、単純にその人が積み重ねてきた人生の魅力でもあるし、自分もそうやって誰かにゴキゲンをおすそわけできる体験を積んでいきたいと思った。

一度訪れただけで憧れをいだいていたその街が、その近辺を含めて、ますます好きになってしまった。

深夜に開いている店なんて皆無だろうし、JRの便もきっと悪くなるだろうけれど、今はただ余白を欲している。ちゃんとした買い物は休日だけでいい。チェーンでなく、立ち並ぶ路面店の中から、その店でしか吸えない空気とともにバッチリくるものを手に取りたい。

 

ガイドしてくれた人と別れてからずっと気になってた服屋に行った。

地下鉄の各駅停車しかとまらない、降りたことのない街の細い路地にある店だ。

あらためてこの惑星は知らない街ばかりだと思ってしまう。

その店の情報は、これまでブログやInstagramで追っていた。

嫉妬するほど笑顔が素敵な店主が、ほぼ一人で回している小規模な服屋。オンラインで通販もしているけど、良いものは瞬きする間に売り切れてしまう。ときどき雑誌にも載っているわりに、価格が良心的なのが良い。

店舗は想像以上に小さくて、一度気づかずに通り過ぎてしまったほどだ。

先客が2人いて、自分が入って3人並ぶとほとんど歩き回ることが困難になる。ネットで見覚えのある店主もいて、レジで常連らしき人と話していた。常連が帰った後、少しだけ言葉を交わした。気さくさと落ち着きのともなった綺麗な声だった。レジ横のMacから流れるアフリカ系のリズムが店内に満ちていた。

服はけっきょく最高で、もし自分がオリジナルの服を作るとなった時に、最初に思い浮かぶシルエットが体現されているかのようだった。

ろくに人が通らない住宅地の路地裏で、服を何年も売り続けて堅実な人気を得るというのは、どれほどの実力が要ることなんだろう。

 

「こういう人になりたい」と思える人がいるのは幸せなことだ。

高校まではそんな人が1人もおらず、大学に入って何人かに出会い、働き始めてまた数が増えた。ベタに自分の世界が広がっているのだと思いたい......わずかずつでも。

 

服を買ってから1分も歩かないうちに、ふと目に入ったカフェでカレーを食べた。黄色と白の絵の具をまぜたような、甘めのカレーだ。胡麻とひまわりの種の中間みたいなスパイスが美味しかった。

今日はもう"路面店の日"だ。

きっと想像が及ばない経営上の困難がたくさんあるんだろうけれど、それでも憧れを抱かずにはいられない。自分のこだわりをサービス精神で溶き混ぜて、それなりの数の人にそれなりの幸せを提供しながら、ゆっくり流れる時間の中で暮らしていけたら、きっと良い人生だったと言えるだろう。それなりの犠牲を払うことになったとしても。

 

カレーを食べて、雨が降らないうちに帰ろうと思っていたのに、古本屋を見つけてしまった。

しかも中はそこそこ広く、ブックオフではお目にかかれない渋いチョイスがごろごろ眠っている。

今日はもうしょうがない、縁が循環しちゃってるから、と自分に言い聞かせながら、たっぷり時間をかけて店内を巡った。

いろいろと悩んだ末に買ったのは、ヴィクトル・ペレーヴィンの『ジェネレーション<P>』だ。

ジェネレーション〈P〉

ジェネレーション〈P〉

 

 ロシアの現代文学は、破壊的なブラックユーモアや、異様にポップにドライブする文体を持ちながら、鋭く社会風刺が効いてる......みたいな勝手なイメージがある。

この本を知ったのは大学のころ、先輩からソローキンとかと一緒にペレーヴィンの名前を教えてもらい、

「ジェネレーション<P>のPはピカチュウのPなんだよ」

と言われ、なんじゃそりゃと興味をそそられながら手にとる機会がなかった。

でも、いま数ページめくってみた限りだと、PはペプシコーラのPな気がするよ。先輩。

 

さて、少し時間をプレイバックして、今日はサイフォンも買ったのだった。(サイフォンという名前は今日覚えた。それまでコーヒー淹れる壺と呼んでいた)。

もともとドリップポットを買うつもりだったけれど、よくよく考えたらポットの前にサイフォンがないとコーヒーを淹れられないことに気づいたのだ。(ドリップポットという名前も今日覚えた。それまでコーヒーヤカンと呼んでいた)。

いくつもの店を楽しく回り、どこにでも出没するケメックスに目配せしながら(ハイドロポンプ)、最終的に手頃な値段で、ドリッパーと一体型になっているのを買った。ペーパーフィルターなしでもコーヒーを淹れられるエコロな代物だ。

肝心なコーヒー豆を買わないといけないので、一度部屋に戻ってから、引っ越してきてこのかた一度も入ったことのないコーヒー屋に向かう。

豆を何種類も置いていて、好みの通りに挽いてくれるし、中に喫茶店も併設されている落ち着いたコーヒー屋だ。

エプロン姿の店員がカップで試飲させてくれながら、好み通りの豆を見繕ってくれた。

今日、他の街を見てきたばかりだけれど、少しだけ今の街も好きになった。

とはいえ遠くないうちに引っ越しはするだろう。

まともな形のまともな広さの家に住んで、よくわからないグリーンを置きたくなってるから。