喫茶店について、ぼんやり思ったこと

ポエティックな文が好きだ。それはガラス瓶に入れて海に流す断片や、インターネットで闇雲に書き散らすテキストに通じている気がする。

虚空にむけて投げているから。「あなた」や「あなたたち」に向けた言葉にはコミュニケーションが生まれてしまって、ポエジーは邪魔になる。情報や意思疏通を前提としない言葉、人間味や感情から(半歩くらい)離れて言葉が言葉のまま躍りをおどるのが詩だと思っているから。

日記はその線引きの真上で、ひらひらと不安定に舞っている。

 

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スケボーを買ったまま外でプレーできずに止まっている。あっという間に猛暑になって、早朝か夜中以外、あっつすぎてとてもやる気にならない。

家から河川敷まで、ボードを片手に歩く10分くらいの道のりだけで、汗をかきすぎて溶け消えてしまうかもしれない。

 

chacoのサンダルを引っ張り出した。靴はなるべく重いほうが好きで、これはサンダルだけどほどよくずっしり感があるので気分よく歩ける。

 

本当は今日、足首まで紐でしばりあげたトレッキングブーツを履いて、山に登っている予定だった。週始めに引いた風邪が完治せず、大事をとってキャンセルしたのだ。

 

LINEで送られてくる渓谷、大景色、山小屋の写真をスワイプして眺めながら、滋養に満ち足りた山岳の空気を想像してみる。7畳のワンルームの空気は最悪だ。暑いからクーラーをつけずにいられないのだが、数十分するとどうしようもなく咳が出てくる。夏場の風邪が治りにくいのはこいつのせいじゃないか。

 

ひどいもので、ほとんど陽の落ちきった18:00過ぎころから、ようやく頭が回ってきたりする。地元の本屋では売っていないマンガを求めて、わざわざ3駅先の大型書店まで足を伸ばしたりする。よれた白のTシャツにジーンズという漂白剤のCMみたいな服装で、湿度の高い街を歩く。

 

アイスコーヒー500円の喫茶店RHODIAのノートを開いてリリックを書く。いつも通りろくな言葉も浮かばずにちょっと店内を見渡してみると、1人で喫茶店に来ている人が意外と少ないことに驚く。次にどこに遊びに行くか話し合っている女子高生らしき2人組、やたらと親族の悪口を言い合っている年配の親子、太り気味の外国人を中心に奇妙な距離感で世間話をしている年代も国籍もばらばらの4人組(大学の研究室か何か?)。

 

いつだって時間を持て余した人だけが喫茶店を訪れる。RPGの酒場にいるNPCのように、宙ぶらりんなことを考えたりとりとめないことを話しているに違いない。誰だって誰かにとってのNPCだから、俺は知らない人に話しかけられてもなるべく小粋に応えたいと思っている。(やばいやつ、居酒屋のキャッチを除く)。最近呼びかけられるのはほとんど「火ィ貸してくれませんか」ばかりだけど。

 

自分の喫茶店を開いたら、オリジナルのジンジャーエールを作りたい。それかハッカを混ぜた爽やかなソーダ水を。

コーヒーは舌触りよりも香りに重きを置きたい。

夜だけはお酒を出してもいい。

フードメニューはチリと、トマトを挟んだサンド、ランチメニューだけカレーがあれば十分だと思う。料理は苦手意識があるけど3品極めるだけなら1年でたどり着けるだろうか。

音楽は午前中にはニック・ドレイクやティム・バックリーあたりの朝焼けを感じるアシッド・フォーク、午後からはオーネット・コールマンとかの冬を感じさせるジャズを流したい。

どこから読んでもいいような詩集や句集と、1冊で完結するマンガを数冊置く。

そして、カフェラテ色のベージュに染めたキャップと、半袖Tシャツ、長袖Tシャツだけを少数作成し、インターネットでも販売する。

3回目に来てくれた常連の仲間入りには、何も言わずアーモンドとキャンディを飲み物に添えて置く。

窓ガラスはあえて曇らせたままにする。

トイレにはオーストラリア土産のよく意味のわからないオブジェを1つだけ置いておく。

店のTwitterにはその日の短い日記や、店のある街並みについて書く。

アルバイトには年齢のわりに妙に落ち着いた大学生を1人雇う。性別は何でもいい。

店に入るドアの前には、大きすぎないブラックボードにメニューを貼り、引かない程度のイラストを描いておく。

ドアの前は自分で箒をかける。ふとしたときに季節の移ろいを感じる仕組み。

あまりにも客が入らなかったから、カウンターの中で別の仕事をする。

 

店の名前だけはまだ決めない。実際に開くときにじっくりと決めよう。