働きはじめた

何ヶ月も放置していたMacを開いたら、バッテリーを20%くらい残したまま、まだスリープモードだった。この薄くて清潔な銀色の筐体を前にしてると、便利な世の中だなって思う。

 

このブログをずっと放置していたことに気づいたのも、久しぶりにMacを開いた瞬間だった。前に更新したのは、1月くらいだったかもしれない。半年近い間、いろいろなことが過ぎていった。

 

大学を出て働き始めた。

 

3月いっぱいかけて10万字くらい書いた小説を、またライトノベルの賞に出したけれど、箸にも棒にもかからなかった。そんな、苦しまずに、反吐も出さずに書いたものの結果なんて、こんなもんだろう。

 

スマホを高スペックなものに買い換えて、インターネットのDeepさを知った。それとも、多少はWebに関係している今の仕事のせいだろうか。中学の時にガラケーを買い与えられ(その時は、そんな言葉なんて、なかったけど)、すぐにケータイ・ネットの沼にはまっていったあの興奮が、このところ毎日のように押し寄せてくる。

 

思い返せば、それ以来ブログを書いたりネットに小説や漫画の真似ごとを載せるのが好きになったのは、自分も誰かに対して泡沫の暇つぶしを与えてやりたいという「夢」だったのかしら。ネットサーフィンの興奮は、ものすごく冷めてる。テレビのザッピングどころじゃない、一瞬一瞬、泡立っては潰れていく、無限の…。たった10年前でさえそうだったのだから。だけどそれが心地よかった。

 

アノニマスな、やりたい放題の情報を、そっと盗み見ては扉を閉ざす。ネットサーフィンとはよく誤魔化した言葉で、本当はdeepなseaの探検隊だ。価格や著名や信憑に揺るがされない、価値の均一化した感じがあったんだ。

 

だいぶ暇な時間は減ったけれど、もう少し続けてみたく思った。やっぱり風船に手紙を飛ばすよりは、手紙を入れた瓶を海に逃がしたい。その方がロマンチックだから。

 

文章もずいぶん下手になった気がする。これから本とか、音楽とか、映画とかについて、毒にも薬にもならないテキストをぺたぺた貼る、凡百なブログが続いていくとしたら……。

 

「烏合の衆」「有象無象」「その他大勢」「馬の骨」……を、前にした時ほど、心のトキめくことはなく……。