Wardrobe

季節と日記

ワードローブ

 今から3年前〜2年前くらい?までの間に、ほぼ毎日ブログに日記を書いてアップしていた。日記だけじゃなくて音楽の偉そうな感想とか書いてたんだけどそれがよくなかった。ある日全部アホらしくなって記事は消しちゃったんだけども、いつか再開するかもしれないからブログの「型」だけは残しておいた(っていうか、退会の仕方がわからなかっただけだけどね)。

 再開したきっかけはMacを購入したこと。しかもカバンにもぎりぎり入る13インチのモバイル。新しいおもちゃを手に入れた楽しみと、しかも場所を選ばず喫茶店でも図書館でも公園でもインターネッツにアクセスできる興奮ちゃんによってブログの存在(なきがら)を思い出した。

 あの頃にブログしてた自分と今の自分の違いは何か。

Macで書いている(ハンバーガー屋じゃない)

・歳が重なってる

・小説以外の本が面白くなっている

・アコースティックな音楽よりもhip-hopや電飾/空間録音系の音楽を好んで聴くようになった

・派手な服より古ぼけた服が好きになった

・からだが固くなった

・映画を見るようになった

・モノを買うのが億劫になった(邪魔)

・自転車が壊れた

・確実に天候がアンバランスになってきた

・顔つきが変わってきた(予感)

RPGをやる忍耐力が落ちた

・他人(初対面)との会話が楽になった

・他人(初対面)との会話が楽になったように見えているか知らない

・周りが大人化した

・先延ばしにした悩みが近づいてきた

・懐かしむことが増えた

・明るい気持ちになる日が増えた

・自己紹介をする機会が増えた

・自己紹介して初めて気づくことが増えた

・知らないことが増えた

 

 このうち、ひとつめの変化は大切だ。今まで自宅の机に座ってケツの痛い思いをして書いていたブログが、これからは! 寝たりオシャレで大自然の空気を吸いこみながら書いてるって、ご存知?

 そして3番目については、、、新書や研究書に出てくる未知の世界とフィクションを読み比べているとき、どっちの方が興奮ちゃんしてるか。というか何の違いがあるか。剣豪の流派についての解説、ドラゴンの宗教や文化についての研究、ジャズ評論、それらが小説になりそうでならない微妙なところに留まっているのを感じるときの恍惚とした感覚。というか小説って何なのか。

 

 1週間くらい前から「ワードローブ」という言葉が頭に浮かんで離れない。

 長い夏が終わって少しずつ肌寒さを感じるようになってくると、聴きたくなる音楽があった。長袖のシャツを選ぶようにCDラックから「冬用」の数枚を抜き取った時にパッと浮かんだのかもしれない。そういう感覚が常にあった。

 

 昔とやり方を変えてこのブログでは、

・わざわざ毎日書かない

・なるべく脊椎に任せて書く(趣向しない)

・くだらねー真似事をしない(どこかとどこかの間で留まるようにする)

 横書きって最高!

 ちなみにブログ再開に向けてtumblerも触ってみたけど、コミュニケーション目的にしたような空間で目が回って嫌でした。