everyday TAPES

牡丹→松葉→柳→散り菊(Chillin' Geek ???)

日記

 朝寒すぎてトレーナーの上に穴が開いて外に着ていけなくなった灰色のカーディガンをはおり、スリッパまで履いていたというのに昼間から猛烈に暑くなりやがり。朝に干した洗濯物を取り込んでいると太陽がじりじり肌を焦がす。干す時に巣から落ちて死にそうになってた蜘蛛がベランダの外に新しい巣を張ってた。。。

 5時間くらい掃除した。漫画と雑誌を紐で縛っていつでも捨てられるようにする。。。古本でばかり買っているから値札をはがすのも面倒だし売ったところで二束三文だからもういい。もったいないとか欲しい人にあげるとか言ってるうちに繁殖していくので。最近買ったくらいに思ってた本がありえん深さから出てきたり。積み上げた「資源ごみ/古紙」が一山いくらかとか計算することは絶対になく。比較的キレイなのは古本屋に持っていってもいいけど。消滅して別のパルプ材に変わるのなら万物流転の類の感慨も。45Lのゴミ袋いっぱいまで細々したものを捨てたら少しはすっきりしたけど、まだ収納から飛び出た本やらCDが机と段ボール箱の上を占拠していて。

 無印良品の売り場。

 POPEYEとかに出てくる無闇やたらにクリーンな部屋。

 そういうのに憧れるというか整った部屋で過ごしていたら不思議と人間変わるんじゃないかって憧れみたいな。畳数とものの数から言って無理だけど。俺が部屋を使うんじゃなくて部屋が俺にはたらきかけろ。

 電子書籍とかデータ配信の曲の魅力ってすげーよ。

 長袖のシャツ1枚でサンマルクカフェへ。なんだサンマルクって。

 しばらくMacいじってたけど特に思い浮かばず。マシーンって目的がないと答えないものな。

 夕暮れからやや肌寒く。

 帰りに通り過ぎたユニクロで異常なほど行列ができてて二度見した。

 ニットとか安すぎるもんな。

 頑張れよ無印。無印っていうか着る人が印つければいいよ、うん。 

 Man discovered fire for a “season”

空が俺を飛ぶ

 Macとカセットテープ。Crossのボールペン。惹かれるマシーンにはイカした「デザイン」が通じている。テープに音を入れることと、CD-Rに音を入れることは感触が全然違うのと同じように、Macで文章を書くこととWindowsで書くことと原稿用紙に書くこと、ナイロンを着ることとカシミヤを着ることとリネンを着ること、空に対して詩でスケッチすることと電子音楽でスケッチすることと写真でスキャンすることは(写真を撮るのにスマホを使うこととチェキを使うこととアレを使うことと。。。)違う。ビビるほど複雑に無意味にこんがらがった「雰囲気」のスーパーランドスケープ⇄龍脈!!!

 ※バイノーラルについて書いた前の記事のフォントがやや細く小さくなっているのは、Evernoteの文書をそのままペーストしたので規格が違うからです。

 2014に出たKiller Bongの“Brooklyn Dub”を聴きまくっている。。。

 Killer Bong a.k.a K-Bomb a.k.a 無数の名前。。。の、このネオCityのジプシーブラッククリエーターはどす黒くて底知れない魅力を充満させてる。。。いまさら俺が紹介するまでもない。。。さまざまな変名を使って数多の音源を生成しまくるKBは、ヒップホップ、ダブ、ジャズ、サイケ等々のフリー・イズムをちゃんぽんして煮込んだカレー。。。名前もそうだけど自分の“スタイル”に固まらずアメーバ状に変異する音の峰不二子。。。

 2006年のTOKYO DUBも相当良かったけれど10年代入ったくらいからのKBの叙情性というかさらに寒ーい深ーいところに沈んでゆくサウンドが。KBに限らずサンプラーやラップトップによる編集音楽が音のデザインを性急に書き換えてゆくさまが。

 冬をっ都市をっ デッデデデ デザイン してく 。

(制作の手つきそのものがデザインだから)

 電気消して風呂に入るの超好き。給湯器の穏やかなランプだけぼんやりついてて。俺たち街灯に慣れすぎてるけど普段してることを電気消してやるとやっぱり夜がしがみついてくるからね。昔の人が妖怪とか鬼とか怨霊とか信じてたのはマジだ。本気と書いて。夜にしがみつかれると本当に想像力が暴走していくから。今の俺たちには逃げこめる光があるけど。

 岩手の夜、山道を迷いながらじわじわ日が暮れていった時間は、ひんやりした。

 

Tokyo Dub

Tokyo Dub

 

 

バイノーラル録音で幻覚する秋の夜長

「寝たまんまヨガ」というアプリをスマホに入れた。鎮静サウンドを背景に女性がヨガニドラの手順を説明する。ーー右手がリラックスしていることを自覚します……右腕全体……右の背中……。筋肉が弛緩している感覚を、からだの一部分ずつ自覚していくことで、それぞれの神経に対応する脳がリラックスし、休まって、疲れがとれやすくなるらしい。そう言われるとなんとなく寝覚めが良くなった気がする。
 これまではイヤホンを挿してYouTubeバイノーラル録音を聴きながら眠っていた。おもに「耳かき動画」を。ダミーヘッドマイクを使ったバイノーラル録音では、頭部の感覚や刺激が立体的に録音される。マイクの耳を耳かきすることで、イヤホンを通じて本当に耳かきされてるみたいに、カリカリした硬い感触が伝わってくる。できればカナル式の、イヤホンで聴かなければ意味がない。
 YouTubeには有象無象のアマチュアがアップした耳かき動画が転がっている。なかには商品として配信されている本格的な音源のサンプル品もある。そのうちのひとつ「道草屋」シリーズ。
 
 
《現実的には耳かきをされながら眠れるわけがないという気持ち》
 v.s
《現実的には耳かきをされながら眠れるわけがないのだからこそ眠れるのだという気持ち》
 
 道草屋に限らず、基本的にこの界隈は萌え萌えなアニメ声の声優がささやきながら耳かきをするのだが道草屋の探究心は耳かきにとどまらず。ダミーヘッドの伝道性を活用して、歯磨きや、食事の咀嚼を幻覚させる。髪を切ってシャンプーする。足湯につかる。また男性向けの「耳舐め」やイケナイところのマッサージも行われる。
 それらが眠りのための鎮静化と程遠いところにあるのは別にして。ゲーム市場でヴァーチャル・リアリティが熱狂の度を高め始めるずっと前から、幻覚を伝える道具としてのバイノーラル録音にずっと期待していた。
 音の知覚が根本的に振動であるのだから「体感」を伝達する手段として骨伝導はもっともすぐれたものであるはずだ。いずれヘッドフォンは全身に振動を伝える器具に拡張されていけばいい。そこでは「聴く」という経験そのものが上書きされるだろう。ある空間に生じた出来事を圧縮した録音データが、私たちの肉体を媒介にして他人の(別世界の)しぐさを蘇らせる。
 道草屋の過去の作品をいくつか「聴いて」みると、季節感が重視されているのがわかる。
 花火の響き。虫の声。鯉の跳ねる水。雪を踏みしめる足。
 季節は私たちの肉体に刻みこまれた大切なインターフェースだ。
 季節は蝶番だ。
 違う国の季節を感じるためには。
 
 けれど耳かき動画を聴きながら眠った翌日、とりたてて気持ち良く寝覚めた覚えがない。
 眠ることと寝かしつけられることのせめぎあい。
 
 ヨガでいう、からだの自覚を通して脳や神経が活動するなら、バイノーラル録音の幻覚は脳にコミットするのか。
 自覚は耳にとどまるのか。